マリアの涙と呪いの終焉

おはようございます。
清々しい朝、冷え込みがなくて嬉しいです(笑)

アメブロには挙げましたが、サロンオープンデーありがとうございました。楽しかったですね。
新着のクリスタル達を前にしての石談義、石好きにはたまらない時間でした。
そして改めて、クリスタルを扱い、味わい愛でることが出来るって幸せなことだなと思いました。

クリスタル講座も冬至で今年度のコースが全て終了し、来年からは2期をスタートします。初心者の方でも大丈夫ですので、ご参加お待ちしておりますね。




さて、そして。
今日は秋にリリースしたワンドワークについて。

マリアエナジーのワンドによる Lady of Grace、そして対のミカエルワンドによる、Michael Sword Yin-Yang。
これらのワンドによるエナジーヒーリングで見せていただいた世界と新たな認識が凄かったのでシェアしたいと思います。

恐らく、どちらにも共通するものがあるのだと思うのです。
それは過去において人類の集合意識全体に波及する出来事で、それによって人類の意識の次元がコントロールされるに至ったのだろうと思われるものでした。

マリアワンドのワークでは、マグダラのマリア様、そして聖母マリア様という女性のアーキタイプ的なエナジーのサポートをお願いします。
それによって見えてくるものはやはり女性的なのは当然なのですが、一度とても興味深い認識が降りてきたことがありました。

恐らくその方は、マグダラのマリア様とスピリットが近いものをお持ちだったのだろうと思いますが、人間としての彼女が最愛の夫を失った悲しみ、そして聖母マリア様の意識から流れて来る母としての哀しみ。

セッションでは彼女たちの涙が、人間存在の意識の根底、女性意識の根底に沁み込んで行く様子を私は見ていました。

人間の歴史において大きなタイムシフトが起こるタイミングが幾度かあったのですが、これもまたその一つだったのだろうと思います。
女性の哀しみ、苦しみというものがこの涙を通して決定的に女性性の意識に刷り込まれ、女はか弱く大きな力に太刀打ち出来ない存在であり、嘆き悲しむ存在であることが女性のアーキタイプ、雛形になったのです。

キリストの磔刑は、人類意識の進化成長という観点から見た歴史において最重要な出来事でした。

愛と血と地。
私はキリストが成した偉業と言う側面は理解していましたが、その一方で女たちがこのような経験によって請け負った役割というか、それもまた愛の側面なのですが、そちらを見させてもらったのは大きかったです。

地上の経験においては哀しみすら愛である。
そんなフレーズが浮かびます。

キリスト、そしてキリストを取り囲む人々の愛憎劇そのものが、人類に愛を根付かせるための一つの大きなプロジェクトだったのだろうと思われました。
それはまるで多用な感情と愛の様々な側面を、集合意識に根付かせる叙事詩のように。

その後、またある時のセッションではそのストーリーに付随する理解が続きました。
両名のマリア様がとても明るく快活な表情で、私達を哀しみに溢れたか弱く無力な存在に貶めたままにしないで欲しい。
女性は本来、もっと明るく快活で逞しい存在なのだから。
そう伝えて来られたのです。

これにもまた、驚きました。

つまり私達は両名のマリア様に女性のアーキタイプを見出しているのですが、その女性像そのものが今の時代においてもともとの在り方へと変遷を遂げようとしているのだと思われたのです。

私達をもう、嘆き哀しむだけの存在として見ないでよい。と。

あぁ、女性はこれから本当に自尊心がテーマになるのだなぁと思いました。
それは、精神と魂の自立のために自尊心を最大限に尊重することです。


強さ、逞しさ、明るく活力に満ちた女性像は、母性的な柔らかさや優しさと融合されてより大きく懐の深い愛に溢れた存在となるのでしょう。

人間の意識の進化成長のプロセスは、そこにかかって来るのだと思います。


そして勿論男性も、同じように変遷を遂げることになるのでしょう。

こちらはどちらかと言うとミカエルワンドが担当していますので、次回はそちらのお話をしますね。

菫香