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精神と物質の再考について その2

日々涼しさが増して来ましたね。
秋の夕日のつるべ落としっぷりが明白になって来た感じ。
ここから次第に深まって行くのですね。

私事ですが、本日誕生日を迎えております。
昨夜の満月と相まってなかなか自分としては面白い時間だなぁと思っていて。

インスタやFBには揚げていたんですけど、9月末で契約していた倉庫を撤退することにしたために荷物の整理やら不用品の買取やら何やらでてんやわんや。

自宅の荷物もこの際だから整理したくなるしで、ここのところずっと断捨離モードで、御苑サロンを引き払った際の荷物がようやく整理できました。

それらを誕生日までに終わらせたいと思っていたんですよね。
結果として8割は済んだ感じですが。

お誕生日前って色々と整理したくなりますよね?
私は今回満月誕生日だったので余計にそんなモードだったんだと思います。

そんな数日でしたが、モノを引き払った後の喪失感に驚きました。

私は元々左程モノが多いタイプでも、捨てることへの執着があるタイプでもありません。(と思っている。)

なのに今回は今まで感じたことのない喪失感を覚えたんですよね。
スッキリするハズだと思っていたので、尚のこと意外な感じでした。

今日のカードはこちらでした!

そこでモノに関わる時間とそこに留まるエネルギーについて思いを馳せることになりまして。

時間の経過とモノは、この次元特有の事象です。

モノが溢れること自体がこの次元を生きていることだったりしますし、
生きていればモノは自ずと増えて行く。

創造せいと普段私もずっと伝えているし、私自身もワイヤー作品などを作る者ですし、創造=モノを作る になるのはこの次元では致し方ありません。

だから、クリエイションとゴミという相関関係をどう理解したら良いのか?

そんなことを考えてしまいました。

だとしたらモノにしない、情報や経験のクリエイションならどうだろう?

そう思ったら、驚くような説を聞いたことを思い出しました。
何と地球の質量にとっては物質もデータも同じものなのだそうです。

だからこのデータ量が加速度的に増えて行くことによって、地球がデータの質量に耐えられなくなるのではないかとか、確かそう言った説でした。

秘教的に言えば肉体もエーテル体も同じ肉体とみなすのに似ているなぁと思います。
肉眼ではない視点から見る目において質量を計ると、データも物質も同じことなのでしょう。

ということは、私達人間は生きて、様々な経験をして、それらを脳裏に記憶して行くだけでも地球の質量は増えて行くということになるのでしょうか?

私は実は、記憶力が良いです。
あの時誰が何を言ったか、どこへ行って何をしたかなど、ヘンなことを明瞭にずっと記憶していて忘れないところがあります。

一方、直ぐに忘れちゃうと言う人は画像や資料などにしてその記憶と経験を残そうとします。

脳裏の記憶と外付け媒体との記憶は、どちらも同じ質量なのでしょうか?

そんなことを考えてしまいました(笑)

誰か答えを知っている方がいらっしゃったら教えて欲しいです。

人間が生きて行くだけで蓄積して行く経験と記憶という情報の質量。
それらは死んだ後にようやく銀河に放出されるか、はたまた銀河の記憶ディスク的な場所に貯蔵され、銀河の経験値となって行くのでしょう。

その蓄積そのものをアカシックレコードとも呼びますしね。

だとしたら、死ぬ前に一旦この身に蓄えたデータを放出出来ないだろうか?
満月誕生日の断捨離期間だったからでしょうか、私はそんなことを考えていました。

一度放出、若しくはディスクへ書き込んで、この身の情報を宇宙へ投げてしまえないだろうか? 
そうやって自己の記憶媒体をフォーマットすることが出来ないだろうか?

そう思ったんですよね。

いくつか前のブログにも書きましたが、先日次世代の医療美容法と思われるものをご紹介いただく機会が続きました。

光工学と言うのでしょうか、それぞれが光のテクノロジーで幹細胞を若返らせることが可能な技術を紹介いただき、実際に私も体験して、これらの技術手法がもっと性能を上げて行ったら細胞の古い記憶、トラウマやカルマと言った情報そのものを書き換える、基いフォーマット出来るんじゃないかと思ったんですよね。

だとしたら、そんな時代が来るのだとしたら、私の考えていることが突拍子もないことだとも言い切れないのでは?

そうすることで人類の寿命が延びるんじゃないかと思うんですよね。
肉体の病理はエネルギー体の不調和や過去の情報に寄りますから。

そんなことを考えていると、クラウンチャクラにビシバシとエネルギーが繋がって来て痛いこと(笑)

そこで一旦、瞑想でそんなワークをやってみようと思い立って昨日瞑想に入りました。

レムリアンパッケージのアチューンメント設定の前に、自分用の瞑想ワークとしてクラウンチャクラから銀河へ向けて自己の保持する記憶や経験の情報を放出するイメージでワークしてみたんです。

その時間はクラウンチャクラに複数のコードが繋がって、まるで私の頭から樹の枝が茂っているようで、私自身が生命の樹、宇宙の樹、世界樹みたいになっているのを感じていました。

そして誕生日時間だからネイタル太陽と満月太陽が合だなぁと思っていると、
私というスピリットが太陽を経由してこの地上へ向かって来る時の様子が見えて来て、その歓喜溢れるエナジーを思い出すと感涙ものでした。

誕生時ではなくて、地球へやって来る時の記憶が見えたと言うのも意外でしたけど面白い時間でした。
上手く情報を放出出来たのか、質量を減らせたのかどうかは不明です(笑)

しかしああでもしないと私の頭はパンパンになっていたことでしょう。

そして昨夜、満月の夜。
日付が変わって誕生日を迎えてからベッドに入ると、クランチャクラは開いたまま。
その先に宇宙の星々、星雲、銀河が見えていて、星々から一斉に祝福が降り注いでいるのを見ながら寝落ちしていました。

イメージとしてはこれが一番近いかも。

人間の処理能力のクラウド化。

銀河と言うスーパーコンピューターに逐一自分の情報を上げて行くか、
ここにあるローカルの我が身がネットワークから切断されたままで生きるか。

どっちだって良いんでしょうけど、クラウド化した方が面白そうじゃありませんか?
その方がとても幅広く多次元に渡った情報のやり取りや、はたまたそう言った存在との交流だって可能になりそうです。

これからの人類はそんなクラウンチャクラからより高次のチャクラを通じて、銀河のネットワークに組して行くのが良いんじゃないかなぁと思います。

そうしたら、地球ローカルな常識やら知性やらがとてもちっぽけなものに見えて来るでしょうね。

それでもって、かつての宗教や家族や国家という枠組みも、実はそんな地球ローカルに魂を縛り付けておくためのしかけだったと気が付く人が増えて行きそう。

肉体と精神がアップデートされて行くことと、そんな地球ローカルから銀河クラウドへ繋がることとが同時並行的に起きて行くんじゃないかと思う昨今です。

今日はいつにもましてぶっ飛んだお話になってしまいましたが、
満月誕生日のエネルギーだと思ってご容赦ください(笑)

あ、最後にお報せです。
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ではでは。

橙香