Blog

魔法使いの弟子

今年最後の投稿になります。


慌ただしく駆け抜けた一年が終わろうとしておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
年末のあれやこれやを片付けようとするのですが、あまりの寒さに慄いてしまいますね。
無理をして風邪をひかないようにすることが一番大切かなとも思います。

昨日は最後のクラニオセイクラルセラピーのセッションをしていただいて、身体のゆがみや内臓の冷えやら疲れやらをケアしていただきました。
そして大掃除を簡単に済ませて・・・ 大掃除なのに簡単って何だ(笑)

石たちと花、植物に囲まれたサロン。
床を拭きながら、このような場所で思うままにお仕事を展開させてもらえるとは何とも幸せなことだなぁとしみじみ感じ入ってしまいました。

今年の始まりはウスイレイキセミナーで、最後の師走にもカルナレイキセミナーとウスイレイキのサードセミナーが入って、レイキに始まりレイキに終わったと言っても良いかも知れません。
個人的にもようやく時が満ちたと感じてカルナレイキのティーチャーへと進むことが出来た年で、一つ段階を上れた安堵感があります。

様々に手法はあると思いますし、昨今ではもうそのような手法すら不必要と言う、それもまた概念なのですが、そんな在り方もありになって来ていますが、私はレイキを通して軸を積み上げるように伸ばして行くことで得ること、気づかされること、己の成長の過程が可視化できることの意義、そこに生まれる信念や自己への信頼は本当に大きな糧になってくれていますし、セミナーを開催する毎に気づきが深くなるこのエナジーのシステムに助けられ、進路を見せてもらっているのだろうと思います。
サロンの周波数もこの一年を通じて格段に変化を遂げました。


レイキを通じて得られるものとはいったい何か?

まだ私もレイキを知らなかった頃には、単なるハンドヒーリングの手技だと思っていた節があります。
しかしそんなものじゃない、レイキを通じて自己の霊的な成長を遂げることが可能になるのだと教えていただいて、サイキックな能力を自らの成長と共に拓いて行くための安心なツールのように捉え直して伝授を受け、エナジーの世界、この領域を旅する己のエナジーシステムを構築し、整え、健全なものにするべくレイキを取り入れるようになって行きました。

そのうちに次第に分かって来たこと、少なくとも私にはこう思えると言うものが芽生えて来るようになって来て。
エナジーを扱う者としての視点からの理解としてのレイキ、を、伝授の際には協調してお伝えするようになりました。

エナジーの世界は意識、意図が全て。 と言っても良いかも知れません。

だから、レイキをどのように捉えるティーチャーかによって伝授出来るものも変わって来る。
ティーチャーが何を意図し、レイキをどう捉えているかによって渡せるエナジーも変わって来るのだろうと。

つまり、ハンドヒーリングの手技としてレイキを教えたら、そうエナジーシステムが限定されてしまうのだと思うのです。

私達は自らが意図したエナジー領域しか扱うことは出来ないから。

可能性を閉じるようなことがあってはならない。

だから一つ大切に思っていることがあります。
ティーチャーとしてウスイレイキを伝えるのなら、カルナ、ライタリアンまでくらいの過程は習得してからでなければならないと思っていました。
つまり、伝えることものへ対する見解や意識の視点は、伝えるもの以上の領域から見下ろし、全体を俯瞰し、さらに上の領域で学んだことから見える理解や見解がなければならないと思うのです。

何かを学び、習得することに対する敬意とでも言うのでしょうか。

私達は皆、魔法使いの弟子です。
ミッキーマウスのように、魔法の止め方を学んでいないうちに箒に魔法をかけてはならないのですね。

数日間のセミナーでお伝え出来ることはそんなエナジーの領域の入り口にしか過ぎません。
そこから大海へ漕ぎ出し、どう進んで行くのかは個人の精神の習熟度次第です。

ここ年末に来て、私のレイキそのものの捉え方がまた次元を一つ増やした感があります。
それはヒーリングや精神世界を理解し歩もうとする過程そのものへの理解とリンクしているのですが、やはりこうした道を歩むことは精神修養であり、人間性の修養なのだと言うことです。

大げさに聞こえてしまうかも知れないのですが、レイキは人間修養そのものの道なのだなと思ったのです。
サイキックな世界のゲートとしての位置づけすらまだまだ薄っぺらい見解でした。

誰しもが魔法使いの見習いの弟子であると思ったら、魔法を扱うには人間性が伴うべきだと言うことは簡単に気が付けることでしょう。
小学生の子供にライフルを与えてはいけないことくらいは誰でも気が付きます。

レイキに限らずなのですが、何かの手技手法を伝えるためにはそれそのものの本質と可能性を自分の狭量な視野や想念で限定しないことと、その可能性を使いこなすために必要なのは本人の霊的、精神的、そして人間としての修養なのだということ。

ここは絶対に抑えておきたいポイントになりそうです。

どんなに時代が変わっても、きっとこれは大して変わらないことでしょう。

エナジーという目に見えないものを伝えているからこそ見えるもの。
カタチがないからこそ、視界に限定されずに見えてくるもの。
それは恐らく、人間の本質、意識の本質、精神、スピリットそのものの姿でしょう。


エネルギーの海を進む羅針盤としてレイキを操り、私はそんな意識の海を深く潜ることを好みます。
そうやって海底から拾い上げて来た宝物を皆様とシェアするのが私の喜びです。


今年一年、皆様には大変お世話になりました。
どうぞ良いお歳をお迎えください。

そしてまた来年も、サロンでお会いできることを楽しみにしております。

菫香



ピラミッドとファラオ 〜呪いの終焉 その2 〜

おはようございます。冬らしい冷え込みの朝ですね。


年末感が次第に増してイベントやら駆け込みセッションやらで予定が埋まりつつありますが、この一年の流れとスピード感は本当に、顕在意識では予想もつかない世界へと展開して来たのだなぁと実感しています。
潜在意識下では着々と予定通りなのかも知れませんけどネ。



しかしまぁ、人生のフローとは本当に・・・何と言ったら良いのでしょう。
どの視点、意識のレベルで見るかによっても全く違うものになるので一概に定義は出来ませんが、それでもやっぱりミラクルの連続で、この瞬間の意識の波動、レベルをどこに置くかで次の時間をチョイスしているという量子的な時代になっているのは間違いありません。

時代は益々、加速して行くのでしょうね。

だから、と言ってはナンですが、やはり古い時代や意識の根底に持ち越しているものはケアして、脱ぎされる衣なら経験として感謝と共にお返ししたいもの。


人間の意識が次元降下して反転した時代を生ききった証、くらいに思えるようにしておきたいものです。

今日はそんな感じでミカエルワンドのワークでの出来事を。

こちらのワークは、マリアワンドのワークに比べたらまだご指名される方が少ないので症例もまだ数例なのですが、その中でも衝撃的なことがありました。

最近通って下さるようになられたY様より、ご自身の第3チャクラの奥に潜む深い恐怖感にいよいよ対峙したいとのご要望で、私がお勧めしたのがこのワンドワーク。

大天使ミカエルの働きが一番良いだろうと思えたのは、ミカエルが私達に勧める魂の在り方、生き方、人生を通じて汝の意志、魂の欲する意志を成さんとする生き方へと導く彼の強く気高く愛に溢れるエナジーが、私達人間が経験からため込んでいる不要な罪悪感や恐怖感、自己否定感などの重い荷物を手放す手助けをしてくれるから。

加えてワンドも陰陽揃っていますし、統合、調和へ向かうための不要な要素のケアにはもってこいなのですね。

それでもしかし、あんなものが出て来るとは思いもよらなかった(笑)

ワークでは大抵、その方の魂のご縁がある風景、景色、星の様子などが出てきますが、この日メインで顕れた景色はおよそ普段のY様からは思いも寄らない場所と時代の、エジプトのとある王朝の時代でした。

え? 見間違いじゃない? と思うほど、突飛がなかったのです。
でも何度見ても、どう意識のチャネルを切り替えてもやはりこれでした。

魂の記憶と言うものは本当に・・・(笑)

要約して書きますが、古代エジプト時代のファラオとは統率者でありつつ霊的な指導者と言うか、その霊体そのものがエジプトという国の母体となる霊魂のような存在だった様子でした。
エジプトという国の霊的な発展度が地球全体の周波数を決めるほどの高い霊性と影響力があった時代において、ファラオの霊的な意味合いと役割は、今の私達の想像を遙かに凌ぐものがあったと思われます。

ピラミッドとは、その意識の集積装置であり、ファラオが先祖のファラオ、つまり自身の霊的指導者やメンター的存在、マスター的なサポーターと繋がる場所であり、また自身の霊体の周波数を維持するための空間であり、死後アセンションするために用意されている高次元空間でした。

そう、ファラオは自らが都度アセンションする存在だったのですね。

だからピラミッドはとても大切な、アセンションのための次元維持管理施設となっていたのです。

そのエジプトを管轄していたのは、恐らく、と言うよりこれはほぼ間違いなくシリウスです。

しかし時代の変遷や宇宙的事情でしょうか、シリウスが招いた他の存在達の影響も入り混じるようになり、ある時ファラオ存在の在り方すらも他の星の影響により大きく変遷する時代がありました。

およそ古代文明における大きな時代の変遷は、背景にはそういった管轄する宇宙存在の交代劇があったと私は見ています。
エジプトにもそんな時代が訪れ、文化、文明そのものが大きく舵を切りました。

私もその時代に生きた記憶があったのですが、これはなかなか過酷な時期で。
価値観、文明の違いという対立が地上で起きてしまうので、どうしても裏切りだの、自らの正義のためだの、こうするより他ないという悲劇だのが付き纏います。

そうしてこの時代、他の星間プログラムの影響下にあったファラオを暗殺し、そのアセンションを阻止する動きがあったのでした。

ファラオのディセンション。

これは、エジプト全土のみならずやはり地球全体へと波及するものだった様子です。
エジプトのファラオという霊体はやはりすごいものなのですね。

Y様の第3チャクラに潜んでいた恐怖の一つの側面がこの当時の記憶によるものでした。

このファラオの意識が目覚めた時、私は先ずアメンティのホールへと誘いました。
そしてそこでしばし休息し、準備が整ったところで光へと誘ったのですが、
Y様ご自身もちゃんとこの様子を、ピラミッドから黄金の煙のようなものが抜けて上がって行くという姿でご覧になっていたと後から伺いました。

アセンションを阻止するための封印とは、呪いそのものですね。
やり方はいくつかあった様子ですが、プロセスの一部をわざと抜いたり、偽のツールとすり替えたり、はたまた地球上にはないはずの物質を使ったりした様子でした。

人類の意識のディセンションもまた、そんないくつかの事件により引き起こされたとも見えますし、逆に意識次元が堕ちたからこそそんな事件が起こったとも見て取れます。

いずれにせよ私達は落ちるところまで堕ちるという体験を通じて何かを知り、経験し、得るものがあったのでしょう。

そんなことが紐解かれる時代が、こうしてやって来ています。

やっと、あの時何が起きたのか? という事象の裏や別の視点からの見解を理解できるくらいになったのですね。
さもなければ復讐劇の繰り返しが続くままだったでしょう。

言い換えれば呪いの終焉とは、ようやく人類の意識進化を阻害していた蓋が外れる、外せる時になったということかも知れません。

惑星地球の文明と人間の精神性は、恒星意識や銀河意識から見ればまだまだチャイルドそのもののようなもの。 云わば、宇宙のインナーチャイルドです。

インナーチャイルドは癒され、愛されることを学び、そして自らの足で立つことが出来るのだと理解し、その足で歩むことを始めなければなりません。

惑星地球がその魂たちのゆりかごのようにして愛を注いでくれていることに気が付き、大人への階段を上り始める必要があるのですね。

さて、あなたはどうしますか?



と言う、来年へ向けての宿題になりそうなお話でした☆

来年には、そんな宇宙のチャイルド意識をケアするアルクトゥルスのワークを始めようと思っています。

ではでは。

菫香

マリアの涙と呪いの終焉

おはようございます。
清々しい朝、冷え込みがなくて嬉しいです(笑)

アメブロには挙げましたが、サロンオープンデーありがとうございました。楽しかったですね。
新着のクリスタル達を前にしての石談義、石好きにはたまらない時間でした。
そして改めて、クリスタルを扱い、味わい愛でることが出来るって幸せなことだなと思いました。

クリスタル講座も冬至で今年度のコースが全て終了し、来年からは2期をスタートします。初心者の方でも大丈夫ですので、ご参加お待ちしておりますね。




さて、そして。
今日は秋にリリースしたワンドワークについて。

マリアエナジーのワンドによる Lady of Grace、そして対のミカエルワンドによる、Michael Sword Yin-Yang。
これらのワンドによるエナジーヒーリングで見せていただいた世界と新たな認識が凄かったのでシェアしたいと思います。

恐らく、どちらにも共通するものがあるのだと思うのです。
それは過去において人類の集合意識全体に波及する出来事で、それによって人類の意識の次元がコントロールされるに至ったのだろうと思われるものでした。

マリアワンドのワークでは、マグダラのマリア様、そして聖母マリア様という女性のアーキタイプ的なエナジーのサポートをお願いします。
それによって見えてくるものはやはり女性的なのは当然なのですが、一度とても興味深い認識が降りてきたことがありました。

恐らくその方は、マグダラのマリア様とスピリットが近いものをお持ちだったのだろうと思いますが、人間としての彼女が最愛の夫を失った悲しみ、そして聖母マリア様の意識から流れて来る母としての哀しみ。

セッションでは彼女たちの涙が、人間存在の意識の根底、女性意識の根底に沁み込んで行く様子を私は見ていました。

人間の歴史において大きなタイムシフトが起こるタイミングが幾度かあったのですが、これもまたその一つだったのだろうと思います。
女性の哀しみ、苦しみというものがこの涙を通して決定的に女性性の意識に刷り込まれ、女はか弱く大きな力に太刀打ち出来ない存在であり、嘆き悲しむ存在であることが女性のアーキタイプ、雛形になったのです。

キリストの磔刑は、人類意識の進化成長という観点から見た歴史において最重要な出来事でした。

愛と血と地。
私はキリストが成した偉業と言う側面は理解していましたが、その一方で女たちがこのような経験によって請け負った役割というか、それもまた愛の側面なのですが、そちらを見させてもらったのは大きかったです。

地上の経験においては哀しみすら愛である。
そんなフレーズが浮かびます。

キリスト、そしてキリストを取り囲む人々の愛憎劇そのものが、人類に愛を根付かせるための一つの大きなプロジェクトだったのだろうと思われました。
それはまるで多用な感情と愛の様々な側面を、集合意識に根付かせる叙事詩のように。

その後、またある時のセッションではそのストーリーに付随する理解が続きました。
両名のマリア様がとても明るく快活な表情で、私達を哀しみに溢れたか弱く無力な存在に貶めたままにしないで欲しい。
女性は本来、もっと明るく快活で逞しい存在なのだから。
そう伝えて来られたのです。

これにもまた、驚きました。

つまり私達は両名のマリア様に女性のアーキタイプを見出しているのですが、その女性像そのものが今の時代においてもともとの在り方へと変遷を遂げようとしているのだと思われたのです。

私達をもう、嘆き哀しむだけの存在として見ないでよい。と。

あぁ、女性はこれから本当に自尊心がテーマになるのだなぁと思いました。
それは、精神と魂の自立のために自尊心を最大限に尊重することです。


強さ、逞しさ、明るく活力に満ちた女性像は、母性的な柔らかさや優しさと融合されてより大きく懐の深い愛に溢れた存在となるのでしょう。

人間の意識の進化成長のプロセスは、そこにかかって来るのだと思います。


そして勿論男性も、同じように変遷を遂げることになるのでしょう。

こちらはどちらかと言うとミカエルワンドが担当していますので、次回はそちらのお話をしますね。

菫香




意識時間の流れに

フランスのデモ凄いですね!  さすが革命の国とその気質!
個を尊重する気質とその根底にある生きることへの肯定感と言うか、自信と言うのか分かりませんが、黙っていない、立ち上がるあの姿勢が凄いなと。

自我が健全に育っていないと出来ないことですよね。
日本人の気質ではそこがなかなか難しい。

来年の流れは本当に、個人の意識によって方向性が創られるのだろうと思います。
自分の行先は自分で見極める時代になって来ましたから、フランスのデモではないけれど、クリシュナとアルジュナのように立ち向かうべきものにはきちんと向き合う姿勢が必要でしょう。

それも先ずは己の内側から。なのですが、もしかしたら政情、社会情勢はそんなの待っていられない状態になってしまうのか・・・

先に意識を変えないとどうにもならないはずなのですが、どうしてももどかしかったり、結果がなかなか出ない精神世界の在り方にしびれをきらして離れて行く人もいるのでしょうか。

そんなことを昨今考えています。


さて、サロンでは昨日初のカルナレイキ®セミナーの1&2を修了しました。
最初のご受講生になって下さったS様、いつもだったら見えたり知覚することをあまりご自身で信頼なさらない傾向があったのですが、昨日のアチューンメント時にしっかりとマスターが顕れて下さって、その方が私の手に手を重ねて下さっているのがよく分かりまして。

どなただろう? ・・・と意識のサーチをしてみると、初めてお会いする存在。
マスター・ヒラリオンと伝わって来ました。

アチューンメント修了後それをお伝えすると、S様ご自身もちゃんとその姿とグリーンの瞳を見ていらっしゃったのですね。私とご自身の見解が一致しました。

カルナレイキ®はこういったことが起こると言われておりましたが、私も初めて経験してとても嬉しい時間になりました。

私自身はプラクティショナーを習得したのがもう3年前。
それからティーチャー習得まで時間を要することになったのは、このカルナレイキ®のエナジーが現実的にも感情レベルでも揺さぶりが大きく変容の動きがはっきりとしたもののため、なかなか躊躇うところがあったのですね。

でもしかし、ここはやはり大きなシフトのための段階を越えるものになるのは明白で。
ティーチャーコースでオリオン評議会が繋がって来たと言われて度肝を抜きましたが、こうしてコースを開催してちゃんとマスターがサポートしてくれたことにあぁ、ちゃんと出来たのねと安堵しました(笑)

私自身の足りない部分、至らない部分はどうぞカバーして下さいと委ねる姿勢でいいんじゃないかなと。

あの滝汗をかいたティーチャーコースでの実技テストを今でもありありと思い浮かべながら、初回のコース開催でしたからあの時の意識にとても近いものを感じつつ、エネルギー、知識、音、瞑想など、伝えられるものは全て伝えたつもりです。
来週はお二人目のコース開催。どうぞ宜しくお願いいたします。

カルナレイキ®コースはお一人でも、複数人でも開催可能です。
どうぞご検討下さいね。



さて、そして。
来週はカルナもありますが、いよいよクリスタル講座の最終回も。
そして来年からの2期と、アドバンスクラスの概要がまとまって来ました。

アドバンスクラスは、Crystal Eureka Course としました。
エウレカ。
ギリシャ哲学の世界から単語を拾いましたが、発見、閃きなどを意味します。

知識と自分の体験、知覚した感覚的な遭遇と情報が、脳の回路で繋がってピコーン! と理解が腑に落ちる感覚。
そんな、直観と知識、愛のエナジーと知性が融合して一つの理解を自分の内に見出せるような時間を共有したいと思っています。

初級クラスはどうしても、伝えたい知識や情報が先になっていたのですが、それをやったからこそより深い次元へと突入出来るワケであります。
ここからがいよいよ本番かも知れませんネ。

初級インテグレーテッドコースも平日コース日程が1月30日と決まりました。
週末のご要望はまだなのですが、どうぞお問合せ下さい。



昨今は頓に、アルクトゥルスのサポートを感じます。
粒子の細かさと波動の高さが特徴的で、
特に魂の系譜としてアルクトゥルスとの繋がりが深い方のセッションでは顕著です。

次元の高さと、不干渉の姿勢で見守る存在達と言う感じなので、気が付かないと本当に気が付かない(笑)
でもそのチューニング先の周波数を一旦つなげて理解してしまえば、そのサポートの質に驚きます。

人間の意識と現実への理解がまるっとひっくり返るような。
精神と意識が具現化するこの地球への見解、理解が、私達が思っているものがそもそもひっくり返ってしまっていたのだろうと。

私の昨今のこうした理解は、オリオン評議会、そしてこのアルクトゥルスからの意識付けによるものだと思います。
これらをどうサロンでエナジーとして、そして伝えられるものとして行くか。
暫くは試行錯誤かも知れません。


ショップも来週からはセールを開催します。
いよいよ寒くなって来ましたし、ようやく年末モードかしら。
皆様どうぞ温かくしてお過ごしください。

菫香








アメンティホールとカルナの次元

こんにちは。

師走なのに暖かなせいか、あまり年の瀬感を感じませんね。毎年12月の頭は池袋のミネラルショーなのですが今年は来週なので、それもあるのかしら。。。

先日Kibokoさんでクリスマススワッグ作りに参加して来ました。杉やヒノキの枝にハーブやシナモン、松ぼっくりを加えて束ねて、オーガニックコットンで巻いた上に手染めの毛糸でリボンをかけるというもの。
密やかに、でも清々しい香りがします。

実家の裏手が杉林なので当たり前に親しんでいた香りでしたが(笑)、とても久しぶりでした。

子供の頃は祖父がクリスマスツリー用のもみの木を伐りだして来てくれたっけ。
お正月用の松と一緒に用意してくれていたのを思い出します(笑)

暫くこうしてサロンに飾りますので、お越しの皆様どうぞ楽しんで下さい。


いよいよ来週にはクリスタル講座の6回目最終回。そして最後の週末コースは冬至の日になりますね。


来年からの2期のご案内、そしてアドバンスクラスのご案内と、ちらほらとお問合せをいただいておりますので早めに構想をまとめようと思っていますが、もう早くないか・・・

急ぎます(笑)

カルナレイキのセミナーもようやく始められて、これらを来年へとつなげて行きたいところ。


この1年、スピリチュアルブームの終息感をひしひしと感じつつ、さりとてバブルのような時期は終わるのが健全なワケで、その中で自分が何を目指し何をアウトプットして行くのかを探りながら歩んで来ました。

中でもクリスタルの講座をスタート出来たことは大きかったです。
まだまとまりきってはいないのですが、伝えたかったこととは、私がクリスタルと関って来た時間の中で受け取ったことを自分の言葉で紡いだもの。
そこにはエナジーも込められているし、ベースとなる宇宙論を始めとする知識もまた、ここが抜けてはクリスタルから齎される情報を咀嚼することが出来ないと思うものを先にお伝えすることになりました。

勿論、ヒーラー、ワーカーとしても欠かせない知識だと思ってます。その上にエナジーを、感覚と直観を積み上げて行ってもらえたら。。。

だからアドバンスクラスはようやく? いよいよ?  クリスタルの意識エナジーそのものにより深くダイブして行くクラスにして行きましょう。

エネルギーって、そもそもとても多次元体です。
それを私達は3次元の領域でしか理解できなかったり、受け取れなかったりする。


意識の領域を広げて次元を上げることは、私達の分離されている次元意識を統合して行くことと同じことで、クリスタルとの関りやレイキによるエナジーに触れて行くことは、そんな扉の入り口を提示することなのだろうと昨今は思っています。


そして次元とは何か、3次元、4次元、5次元とはどういうことか、これらをファンタジーではなくて物理論として理解することが、実際に意識の次元を広げ扉を開くことと深く関わっているのもとても実感しています。

もうね、単に上とか、高い次元とか言うだけではない世界ですね。

そしてその意識の次元を多面的に広げて行くと、本当に意識から事象の世界が創造されているのだと理解が繋がって行く。

最近のセッションでは見せてもらえる世界がますますそういった次元の領域、深さに幅が増えて来て、言葉にするのが難しいものも感じています。

もしかしたらお伝えしていても何のことか分からないかも・・・と思いつつ、さりとて単純な言葉に ”降ろして”  しまうのも憚れる。

実はこれは、アメンティの部屋が公開されたことに関連している様子。

アメンティの部屋、空間、チェンバーは、エジプトのスフィンクスの下にあるとされる5次元空間です。

私には白く輝くピラミッド型の空間に見えていて、そこにはアクエンアテンそっくりな方、若しくは本人がいらっしゃいます。

数週間前の瞑想中に突如現れたこのチェンバーでしたが、私にはこのアメンティホールの中の次元領域がアトランティスの次元と技術の末端だと思えたのです。


そして、そのまた数週間前には、知り合いと言うのもおこがましいのですが高次元ワークを行うヒーラーさんからの情報で、アトランティスの叡智の解放が成されるというお話を伺っていたのですね。

アメンティホールの解放とそれはきっとリンクしていると感じています。

そしてアメンティホールのエナジーで私達が一番理解し易い、と言うか、唯一理解できるレベルなのは、意識からの現実創造のプロセスそのものなのです。

これからはこのアメンティホールにアクセスし、その叡智を自らの経験と思考と知性、愛で理解し、他者へ伝える人が増えて行くのでしょう。

しかしそれは、以前にアトランティス崩壊を引き起こしたエナジーではありません。

それどころかその反対。

あの時代、私達は分離の過程を進む真っただ中にいて、己の意識を研ぎ澄ますために不要とジャッジしたものをことごとく切り離すというエナジーの回転方向へ進んでいました。

遠心分離機や洗濯の脱水機みたいに、自らの一部を不要とみなし切り離す方向でエナジーが、意識が稼働していたのですね。

それが、ようやく反転に稼働し始めたのです。

いつからなのかは定かではありませんが、数々の地球の節目を潜り抜けながらそれは進行し、ようやく私達が認識感知出来る形態になったと言ったところでしょう。

アメンティの部屋の再出現。しかしエナジーの方向性は全く逆のもの。

つまり、私達はこれから切り離された自らの一部を拾い上げ、統合しながら次元を上げて行くのです。

次元下降は分離しながら進み、次元上昇は統合しながら進むのですね。考えてみればごく当たり前の自然現象です。
だって、次元は低くなれば見える世界、知覚出来る領域は狭まり、次元が上がれば多面的な多様な知覚の世界が広がるのですから。

そして一見何の関係もないかのように思えるカレイキセミナーが、そんな理解が私の内で進んだ先に開かれることになっていたみたいでした。

9月の終わりにティーチャーを取得して2か月空いての初開催で、私の準備が整うことがやはり必要だったんだろうとしみじみ思ったカルナレイキのセミナーだったのですが、カルナのシンボルをご説明しながらウスイレイキのシンボルとの違いはこの次元の理解にあるのだとはっきり分かったのですね。

カルナレイキのエナジー、そしてシンボルは、ウスイレイキとは次元が一つ違うのです。
だからシンボルそのものが立体的に、奥行きと時間を伴って稼働します。

このことを私はティーチャーとして、伝える側として体得する必要があったのだと強く感じるものでした。

受講される方に伝わる・伝わらないはともかく、伝える側がその意識を持ってエナジーを降ろす必要があるのです。

ウスイレイキもまた同様に、どこまで受け取っていただけるのかはそれぞれのプロセスに委ねるしかないのですが、降ろす側の意識がどこにあるかで降ろせるものが変わります。

その辺りはエナジーを扱う仕事をしている限り当然のことだったのですが、それがどうやら、いよいよ普通の現実生活まで波及する時代になって来たのです。


ごく一般の人々が、起こる事象や他人との関係性は自らの意識が現象化しているのだと理解する時代がやって来たのですね。

2019年という時間は、私にはとても不確定であやふやな状態に見えています。
でもとても柔軟です。まるで空間を自在に泳ぐ布切れか、海を泳ぐ軟体動物のようです。

この時間に意図を持たせるのが私達なのですが、それがまだ不確定ということなのですね。

形を与え、意図を与え、方向性を付加させることで時間は起動します。
さあ、どんな時間と方向性の時代を創るのでしょう。

私はもう暫くは、深く自分との対話を続けてみたいと思っています。
皆さんも是非、自らの意識と意図の使い手であって下さいね。



師走の始まりに。

菫香


叡智の扉

こんにちは。

北の方から、冬の到来がちらほらと聞こえて来ていますね。
暮れの時間が早くなったのも実感します。

冬至まであとひと月を切って、年末へ。
そろそろもう、今年を総括する頃になって来ましたね。

キラキラだった昨日のサロン


光はどんどん強さを増して、闇を浮かび上がらせて。
私達はそんな内側の闇を癒し、認め、愛し、赦し、それは排除するべきものではないことを自分に伝えなおし、エマルジョンさせていく。


そんな試みがそこかしこで始まって行く時代であり、もうとっくに内なる自己の世界はその方向で進んでいるために、現実の事象はことごとくその動きを加速させるものであり、また気づかせようとして起こるものばかりに思われます。

個人も、家族も、企業も、組織も、国家も。

これまでの枠組み、セオリーが終焉する時代。

一人一人の生き方を自分で方向性を定め、生ききる時代。人間はそうしないとこの先の進化と魂の生末が危ういのでしょう。
そのためには誰もが、内なる自己の声からその奥へと、意識の世界からの思いに忠実に生きる人生を始める必要があって。

昨晩の満月を眺めながらの帰宅時にふと、私は内なる叡智を表現する存在であり続けたいと閃きました。

それはそのまま、ここ最近感じていた多くの外にある刺激や情報に覚える違和感への答えであり、ここ最近考えていたことの正体、なのかも知れません。

ハートの中心から湧き上がるエナジーと共に、私は内なる叡智を表現する者であり続けたい。

同じような業種、ヒーラー、セラピスト、霊能者、etc・・・ 名前はそれぞれにあってもなくても、その人が、自分が、内なる叡智からの声に従ってその仕事を行っているのか、はたまた人へ何かを伝えること、創造を行っているのかそうでないのか。

業種、名前、肩書、そこのカテゴライズに縛られず、私はそんな自らの内から発する声、思いによって動き、人生をクリエイトしている人が好きなんだなと。

Webで拾った情報や誰かから教えられた言葉じゃなくて、そこからインスピレーションを得ることは勿論あるけれど、それを自らの内で咀嚼して、自分の声と照らし合わせて、直観として得たエナジーによって自らのものとし、オリジナルを創造して発信しているのか、はたまた誰かの言葉をそのまま受け売りであたかも自分のもののようにして発信しているのか。

私はその辺り、凄く敏感に察知してしまうのです。

だから誰かの言葉、表現、メッセージに違和感を覚えたり、瞬間的に嫌だと反応してしまっていたんだなと理解したのでした。



ハートからの叡智。言葉にすると難しいものに思えてしまうけれど、そして叡智と言う言葉はもう使い古されたかのようにこの業界ではよく聞くけれど、その叡智とやらを本当に理解して人に伝えている人がどれだけいることか。

何だか私は、その辺りがおぼろげながら分かってしまったように思えてきました。

恐らく多くのヒーラーさんが、叡智という言葉を普通に使っています。
だってカードに書かれていたり、星や宇宙からのメッセージと称してネットで出回っていたりしますから。
でもその叡智とは本当は何か、一体どれだけの人が分かっているのでしょう。

その辺りが、昨夜の満月の光の下でふいに明るみに出たのでした。

満月の話を書きながら画像は光り輝く御苑(笑)

じゃあそれって何か?  叡智って何? そう思われますでしょうね。
でもそれは実は、他人に教えられることではないのです。

宇宙の叡智へと繋がるのは、私達自身のハートの中心。

そしてハートの扉を開くには、内なる自己の意識を見つめること。
能力とか、資格とか、肩書とか、そういったことは一切必要ありません。

ただ、そうですね。。。

それらに気づかせてくれる人との出会いや、起きる事象、その人との関係によって起こる摩擦の火がインスピレーションになってくれることはたくさんありますし、そう言った出会いもまた、潜在意識のお膳立てによるものなのでしょうね。

叡智の声は、内側からしかやって来ません。

そして意外と、そうだと分かっていなくても自然にその声に従って生きている人もいますね。
ヒーラーとかエネルギーとかスピリチュアリズムや見えない世界に興味がなくても。
私はそんな人も好きです。

有体に言えば自己信頼。

自らを信頼している人は、他者をも信頼します。

ハートの中心からのエナジーを生きる人は、他者の中にも同じくそれを見出すのですね。

本当の自由と自己信頼、そして愛を生きること。

私はそこを歩みたいし、ブレることは勿論あっても、いつでもそこに軸を戻せられるようにしていたい。

叡智は、貴方の内に存在します。

誰もの内に存在します。

そのアクセスキーをハートの中心に秘めて、私達は存在しています。

まだまだ私も言葉に出来ないものを感じていますが、
それは古めかしく堅苦しいものではない。とだけはお伝え出来るかなと思います。

菫香

黒い森の魔女

昨日の5時 ドコモタワーは時報をイルミネーションで

夕暮れが美しい季節になって来ました。
昨年はいつだったか、三日月がこのドコモタワーの頂上にちょこんと乗っかっているように見えた時期がありましたが、今年も観られるかしら・・・

昨日のセッションは、カルナレイキのシンボルを用いたヒーリングワーク。お久しぶりのお客様をお迎えしての時間で、終わった後の空が美しかったですね。

カルナレイキはすでに何度も述べているように、アストラル的感情の古く深い部分を溶かして行くような働きがあって、それがとてもパワフルに働くためにお客様へ提供することで私も一緒に変容の波を潜り抜けているように思います。

とは言え、見せられるヴィジョンはかなりユニーク。昨日は特にそうでした。

カルナは霊的な麻酔作用が効くので感情の追体験をしたりヴィジョンとして直面する必要がないと言うのが特徴なのですが、昨日はそのためか、ファンタジーの世界でストーリーが展開されていくという周到さがありました。

具体的なことを詳述するのは控えますが、昨日の舞台は何とドイツの黒い森に囲まれた古城。なぜドイツなのか分からないのですが、ドイツだって思うんですよね。

シンボルを使って行くと感情のしこりとなっているトリガーに値する人物が形造られて顕れたのですが、それがタイトルに挙げた通りの魔女だったのですね。

主人公に呪いをかける魔女。

その呪いによって主人公は、自分は絶対に幸せになってはいけない、とか、自分は愛を受け取るに値しない人間なのだ、とか、自分は決して愛する人に受け入れてもらえない人間だ、だの、不要なコントロール下に置かれて人生を歩むのです。

魔女の姿が顕れた時、呪いをかけた張本人である彼女の奥にあるものを理解しないといけないのは良く分かりました。
彼女もまた、その人生を哀しみや怒り、孤独によって歪めてしまった者で、人の不幸を自らの慰みにするしかなくなった存在なのですから。

魔女の瞳の奥の奥から、彼女のストーリーが浮かび上がります。

魔女はかつて、とても美しいお妃様のような女性でした。威厳もあるし気品も申し分ないお姫様です。

しかし夫である国王は、多くの妾との恋愛ごっこにうつつを抜かしていて彼女のことはまるで空気のように扱います。

彼女は幼いころより王宮に上がるべくして育てられたお嬢様でしたが、その王宮での生活はとても寂しく孤独なものになっていたのですね。

幼いころの彼女の姿は、自宅の館にある美しい池と庭で羊飼いのような男の子と仲良く戯れている可愛らしいお姫様でした。初恋の相手がその少年で。

そんなよくあるストーリーではあるのですが、こうして緩衝材的なおとぎ話を追いながらシンボルを用いて、魔女の姿になってしまった彼女、そしてその魔女に呪いをかけられていた主人公へとワークを行ったのでした。

黒い森に潜む魔女の姿とは、私達のシャドウセルフそのものですね。
潜在意識の森にじっと潜んでいて、私達の耳元でいつも呪いをささやく魔女です。

お前にはそんなこと出来るはずがない。

お前は決して人から愛されない。

お前には無理だ。

お前は幸せになどなれない。

そんな呪いをささやく魔女が私達の意識の森に潜んでいて、私たちの行動パターンに深く影響を与えます。


しかしそんな魔女が実は、私達が忘れたかった記憶、忘れたつもりになって意識の底のマンホールに押し込めた感情、それらを一手に引き受けている存在なのです。

だから、魔法の呪いをかける魔女は癒され昇華されると、望みや願いを叶える魔法で私達を助けてくれる存在へと変わります。

黒魔術が白魔術になるみたいな。

私自身、そんなセッションを昨日行ったためか、今朝自分のインナーセルフの姿が激変していて一体何があったのだろう? と考えてしまったほど。

でもすぐに、あぁ、私の内に潜んでいた魔女もまた昇華されたのだなぁと理解しました。

望むこと。

欲しいものを欲しいと素直に認めること。

愛されたい、愛したいと素直に思うこと。

そんな願望、欲求を歪めていると、歪んだ現実がやって来ます。
呪いが解けないまま具現化する現実は苦しいですし、虚しさや哀しみをふと感じてしまったり。

昨日のブログにも書きましたが、人間の感情とは複雑なもの。

一気に簡単に癒せるものでもありません。

薄皮を一枚一枚剥がすような、自分と大切に向き合う時間を要します。

それでも、その過程を経ること自体がギフトであり、魔女の魔法を解くための鍛錬の時間ですね。王子や騎士が姫を救えるようになるには鍛錬が必要ですから。

魔女に呪いをかけられた姫を救えるのは、内なるあなたのナイトです。
そしてそのナイトは魔女そのものをも救えてしまう。

自己探求とは、魔法の旅でもあるのです。

ご一緒に森の中を探求しませんか?

菫香